相続財産を全て配偶者に渡してよい?相続税の減額は大きいが注意も必要!

相続税には配偶者の税額軽減という制度があり、これを活用することで相続税を非常に少なくすることが可能です。しかし、相続税の減少額は大きいのですが、安易に活用すると、トータルでは税金の負担が大きくなってしまうケースもあるのです。

今回は、配偶者の税額軽減やその他の特例などに触れながら、「相続財産を全て配偶者に渡してよいか」について、また、配偶者が相続する場合の注意点について解説します。

 

1.配偶者への相続

相続が発生した場合、その財産額と法定相続分をもとにして相続税の総額が決まります。まずは、配偶者の法定相続分を確認しておきましょう。

1-1.配偶者の法定相続分

相続税の法定相続分は、誰が法定相続人となるかで変わります。
配偶者は常に法定相続人となりますが、配偶者の法定相続分は、法定相続人が配偶者のみの場合は100%、配偶者と子供の場合は1/2、配偶者と直系尊属の場合は2/3、配偶者と兄弟姉妹の場合は3/4と定められています。

遺産分割を法定相続分と異なる割合で行うことは自由ですが、相続税の総額を計算する場合には法定相続分で分割したものとみなして計算するので、法定相続分も理解しておくことが大切です。
 

2.配偶者の税額軽減

上記の法定相続分をもとにして相続税の総額を計算しますが、配偶者の相続税には税額軽減措置が設けられています。

2-1.配偶者の税額軽減額

配偶者の税額軽減は、「被相続人の配偶者が実際に取得した正味遺産額が、次のいずれか多い金額までは配偶者に相続税はかからない」とされているものです。

・1億6,000万円
・配偶者の法定相続分相当額

これは、被相続人の配偶者が、相続税の負担によってその後の生活に支障をきたさないようにするための制度と言えるでしょう。

2-2.適用条件

配偶者の税額軽減は、遺産分割で配偶者が実際に取得した財産が対象となるため、相続税の申告期限までに分割されていることが必要です。つまり、まだ分割されていない財産については配偶者の税額軽減の制度の適用を受けることはできません。

2-3.計算例

配偶者の税額軽減の適用を受けた場合にどうなるかを見てみましょう。
なお、法定相続人が配偶者と子供で遺産分割を行う場合としています。

①遺産総額が1億円の場合
遺産の全額を配偶者が取得した場合、配偶者の取得額が1億6,000万円以下のため、相続税はかかりません。
一方、配偶者と子供で、法定相続分で分割した場合は、次のようになります。
配偶者が取得した5,000万円:相続税がかからない
子供が取得した5,000万円:相続税の課税対象

②遺産総額が2億円の場合
遺産の全額を配偶者が取得した場合、1億6,000万円と法定相続分1億円の多い方の金額である「1億6,000万円まで」については相続税がかかりません。残りの4,000万円だけが相続税の課税対象となります。
一方、配偶者と子供で、法定相続分で分割した場合は、次のようになります。
配偶者が取得した1億円:法定相続分相当額のため、相続税がかからない
子供が取得した1億円:相続税の課税対象

このように、配偶者がより多くの財産を引き継いだ方が、相続税の課税対象となる金額が小さくなり、有利だと言えます。

 

3.小規模宅地等の特例が無条件で適用できる

相続税額を大きく減らすことができる特例が「小規模宅地等の特例」です。

被相続人から相続した事業用・居住用の宅地等について、相続税の課税価格から50%または80%減額することができる特例であり、これが適用できるかどうかで相続税額が大きく変わります。

適用条件は複雑なのでここでは割愛しますが、自宅などの「特定居住用宅地等」について、取得したのが被相続人の配偶者である場合は、無条件で小規模宅地等の特例を適用することができます。

なお、配偶者の税額軽減で基準となる「取得した財産の金額」は、小規模宅地等の特例で減額を受けた後の金額で計算されます。

 

4.配偶者は居住権を無償で適用される

2020年4月の法改正で、「配偶者居住権」という制度が新たに設けられました。これは、遺産の多くが自宅の不動産である場合に、遺産分割の結果、被相続人の配偶者の生活が成り立たなくなってしまう可能性があった問題を解決するためのものです。

遺産総額が1億円(自宅6,000万円、現預金4,000万円)を配偶者と子供で分割する場合、5,000万円ずつの分割をするためには、自宅を売却しなければならないこともあるでしょう。しかし、配偶者が高齢であればあるほど賃貸物件を借りるのも難しくなります。そこで、自宅の売却をせずに遺産分割ができる方法として「配偶者居住権」が作られました。

配偶者居住権を活用すると、自宅を「居住権」と「所有権」に分割して、居住権を配偶者に、所有権を他の相続人に相続させることができます。

上記の例で、6,000万円の自宅の居住権が3,000万円であれば、配偶者は3,000万円の自宅の居住権と2,000万円の現預金を受け取ることができ、相続後の住む場所と生活資金を得ることができます。

配偶者居住権を適用するには、

  • 配偶者が、被相続人が所有する自宅に、相続開始時に居住していたこと
  • 被相続人が相続開始時に自宅を配偶者以外の者と共有していないこと
  • 配偶者が遺産分割または遺贈等によって配偶者居住権を取得すること

の3つの条件を満たす必要があります。

配偶者居住権は、原則として配偶者が死亡するまで存続します。また、居住権という財産であるため、賃料を所有者に支払う必要はありません。無償で住み慣れた自宅に住み続けることが可能です。

ただし、固定資産税や通常の修繕費などは配偶者が負担しなければなりません。

 

5.二次相続に注意が必要

ここまでに解説した配偶者の税額控除などの制度から、「できるだけ多くの遺産を配偶者が相続する方が節税になる」と考える方もいるかもしれません。
しかし、それは必ずしも正しいとは言えません。相続で多額の遺産を引き継いだ配偶者が亡くなったときの相続(二次相続)でかかる相続税まで考慮するべきです。

5-1.二次相続とは

子供のいる夫婦の1人が亡くなった場合、配偶者と子が相続します。これを一次相続と言います。その後、配偶者が亡くなると子供が相続しますが、これが二次相続です。高齢になればなるほど、一次相続のあと、近いうちに二次相続が発生すると言えます。

ここで注意しなければならないのは、一次相続で相続税額を抑えることだけを考えていると、二次相続の際に相続税が多額になってしまう可能性がある点です。

主に、次の2つの要因で、相続税が多くなりやすいと言えます。

(1)受けられる基礎控除が少なくなる

通常、二次相続時は相続人が1人減っています。一次相続では「配偶者と子供」だったのが、二次相続では「子供だけ」になります。相続税の基礎控除は、法定相続人の人数に応じて決まります。

相続税の基礎控除=3,000万円+600万円×法定相続人の数

上記の式で基礎控除額が計算されるため、単純に一次相続よりも基礎控除額が600万円減る計算です。相続税率が20%の場合、相続税額にすると120万円の差になります。

(2)配偶者の税額軽減が受けられない二次相続では、配偶者がいないので配偶者の税額軽減の恩恵を受けることもできません。一次相続で税額軽減を受けることができても、その財産が残っていれば、二次相続で課税対象となるのです。

5-2.配偶者が元々持っていた財産にも注目

二次相続での相続財産には、配偶者が元々持っていた財産も含まれます。相続税は、相続財産が大きくなるほど税率が高くなります。
そのため、配偶者の税額軽減の恩恵を受けようと、配偶者への遺産分割を大きくしすぎると、相続財産が多くなってしまい、相続税の負担が大きくなってしまうことがあるのです。

5-3.子供がいる場合は子供に相続

相続税は、遺産総額が大きくなると、税率は最大で55%まで上昇します。

遺産総額が1億円で、配偶者の税額軽減をフル活用して、配偶者に相続財産を全て渡してしまうと、一次相続と二次相続での税額は次のようになります(子供は1人で、一次相続と二次相続で相続財産に変化がなかったと仮定)。

【一次相続】
配偶者の取得金額:1億円
相続税額:配偶者の税額軽減により0円

子供の取得金額:0円
相続税額:0円

【二次相続】
子供の取得金額:1億円
基礎控除額:3,000万円+600万円×1人=3,600万円
相続税額:(1億円-3,600万円)×30%-700万円=1,220万円

二次相続までの相続税総額:1,220万円


では、一次相続で法定相続割合に従って遺産分割を行った場合はどうなるでしょうか。

【一次相続】
配偶者の取得金額:5,000万円
相続税額:配偶者の税額軽減により0円

子供の取得金額:5,000万円
基礎控除額:3,000万円+600万円×2人=4,200万円
相続税額:(1億円-4,200万円)×1/2×15%-50万円=385万円

【二次相続】
子供の取得金額:5,000万円
基礎控除額:3,000万円+600万円×1人=3,600万円
相続税額:(5,000万円-3,600万円)×15%-50万円=160万円

二次相続までの相続税総額:545万円


このように、一次相続で配偶者に相続財産を全て渡した場合の方が、相続税額が大きくなってしまうことがあるのです。しかも、かなり大きな金額です。

配偶者が生活していくのに十分な金額を確保できるのであれば、配偶者に全て渡すよりも、子供にも相続させる方が節税につながることも少なくありません。

 

6.配偶者へ相続する場合の注意点

配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例など、配偶者へ相続する場合に活用したい特例は、原則として相続税の申告期限までに申告をしていなければ適用されません。しかし、申告期限までに分割が間に合わないケースもあります。そういった場合の注意点と対応方法をお伝えします。

また、配偶者への相続で、その他に注意しておくべき点についても解説します。

6-1.遺産分割が申告期限に間に合わない場合

相続税を大幅に軽減できる「配偶者の税額軽減」は、実際に分割して配偶者が取得していなければなりません。

遺産分割が申告期限に間に合わない場合は、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告をしておきましょう。
相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、申告期限から3年以内に分割した場合は、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などの適用を受けることができます。

6-2.申告期限から3年経過しても遺産分割が決まらない場合

相続税の申告期限から3年を経過しても遺産分割ができないケースもあります。その中でも、相続に関する訴訟が提起されているなど、やむを得ない事情がある場合は、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出する方法があります。

相続税の申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に提出し、承認が受けられた場合、「やむを得ない事由」が解消した日から4か月以内に分割して更正の請求を行うことで、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などの適用を受けることができます。

6-3.配偶者が遺産分割前に亡くなった場合

被相続人の遺産分割をしている間に、配偶者が亡くなってしまうこともあり得ます。
この場合は、配偶者が受け取るはずだった財産の相続(二次相続)も合わせて、同時に遺産分割協議を行うことになり、「相次相続控除」の対象となります。

相次相続控除は、一次相続から10年以内に二次相続が発生した場合に適用できる控除です。配偶者が申告期限である一次相続の発生から10か月以内に死亡した場合、一次相続の相続税額の全額が控除対象となります。
そのため、二次相続での相続税のみが課税されることになります。

6-4.配偶者が認知症を患っている場合

相続手続きを行うためには、相続人全員の合意が必要です。しかし、配偶者が認知症で判断能力を欠いている場合には、法律行為を行えず、遺産分割協議ができなくなってしまいます。

遺言書が作成されておらず遺産分割協議もできないとなると、法定相続割合で、全ての財産を均等に分割することになります。自宅などの不動産は「共有名義」になってしまい、小規模宅地等の特例を適用することができません。

成年後見制度を利用して遺産分割する方法もありますが、配偶者の法定相続分の保全をしなければならないなど、利用ハードルが高いと言えます。

こういった事態になってしまわないよう、元気なうちから遺言書の作成などの対策をしておくことが大切です。
 

7.まとめ

相続財産を相続する際、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などのメリットだけを見れば、「配偶者に全額相続させるのがいいかも」と思われるかもしれません。

しかし、二次相続までを視野に入れると、配偶者に全て相続させることが正しいと言えないことがわかると思います。一次相続だけの対策ではなく、二次相続も含めた総合的な相続税対策をしなければ、相続税額で百万円単位の差が出てきてしまいます。

さまざまなケースを想定した対策をするために、税理士などの専門家のサポートを受けながら、早いうちから相続対策をすることをおすすめします。

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