高齢化社会の進展に伴い、相続対策への関心が高まっています。その中で注目を集めているのが「負担付贈与」という手法です。単純に財産を贈与するのではなく、受贈者に一定の負担を課すことで、贈与者・受贈者の双方にメリットをもたらす可能性があります。
しかし、負担付贈与には通常の贈与とは異なる税務上の取り扱いや注意点があります。本記事では、負担付贈与の基本的な仕組みから税金の問題、メリット・デメリットまで詳しく解説します。特に不動産の負担付贈与を検討されている方は、事前に正しい知識を身につけることで、効果的な相続対策を実現できるでしょう。
1. 負担付贈与とは
負担付贈与とは、受贈者(贈与を受ける人)に一定の債務や義務の履行を条件として財産を贈与する契約のことです。単純に財産を無償で譲り渡す通常の贈与とは異なり、受贈者は贈与された財産の価値に見合った負担を引き受けることになります。
具体的な例として、以下のようなケースが挙げられます。
不動産と借金の組み合わせでは、時価3,000万円の土地を贈与する代わりに、2,000万円の借金を子どもが引き受けるケースがあります。この場合、実質的な贈与価値は1,000万円(3,000万円-2,000万円)となります。
介護付きの財産贈与も一般的です。親が自宅を子どもに贈与する代わりに、子どもが親の介護や生活費の負担を約束するというケースです。
事業承継での活用では、事業用資産を後継者に贈与する際に、事業債務や従業員の雇用維持を条件とするケースもあります。
負担付贈与は、贈与者にとっては財産の処分と負担の軽減を同時に実現でき、受贈者にとっては実質的な贈与価値を抑えながら財産を取得できる有効な手法です。
1-1.通常の贈与との違い
負担付贈与と通常の贈与には、法的性質と税務上の取り扱いに大きな違いがあります。
法的性質の違いとして、通常の贈与は「無償」での財産移転ですが、負担付贈与は「有償」での財産移転として扱われます。これは、受贈者が一定の負担を引き受けることで、完全に無償とは言えないためです。
契約の双務性も重要な違いです。通常の贈与は、贈与者が目的物を引き渡し又は移転すれば完結しますが、負担付贈与は贈与者と受贈者の双方に権利と義務が発生する双務契約となります。
取り消しの可否についても差があります。通常の贈与は、書面によらないものでその履行前であれば解除できますが、負担付贈与は受贈者が負担を履行している限り、原則として取り消すことができません。
税務上の取り扱いでは、最も重要な違いが現れます。通常の贈与では贈与税のみが問題となりますが、負担付贈与では贈与者に譲渡所得税が課税される可能性があります。これは、負担部分について有償譲渡があったものとみなされるためです。
2.負担付贈与における課税について
負担付贈与の税務上の取り扱いは複雑で、贈与者・受贈者の双方に異なる税金が課される可能性があります。
2-1.受贈者には贈与税が課税される
負担付贈与において、受贈者には原則として贈与税が課税されます。ただし、課税対象となるのは贈与財産の価値から負担額を差し引いた「純贈与価値」です。
課税価格の計算方法は以下の通りです。
課税価格 = 贈与財産の時価 - 負担債務の額
前述の例で説明すると、時価3,000万円の土地の贈与で2,000万円の借金を引き受ける場合、贈与税の課税対象は1,000万円(3,000万円-2,000万円)となります。
基礎控除の適用により、年間110万円の基礎控除が適用されるため、純贈与価値が110万円以下であれば贈与税は課税されません。上記の例では、1,000万円-110万円=890万円が課税対象となります。
税率の適用では、贈与税の税率は累進税率となっており、890万円の場合は30%(特例税率対象の場合)の税率が適用されます(特例税率適用時)。したがって、贈与税額は890万円×30%-90万円=177万円となります。
2-1-1.親子間の負担付贈与の節税ポイント
親子間の負担付贈与では、以下の節税ポイントを活用することができます。
相続時精算課税制度の活用が有効です。60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子または孫への贈与について、2,500万円まで贈与税が非課税となる制度です。負担付贈与においても、純贈与価値について適用できます。
暦年贈与との組み合わせも効果的です。負担付贈与により純贈与価値を基礎控除額内に抑え、複数年にわたって実行することで、贈与税の負担を最小限に抑えることができます。
不動産の評価額の活用では、不動産の贈与税評価額は時価よりも低く算定されることが多いため、この評価差額を活用した節税が可能です。ただし、負担付贈与では時価での評価が求められる場合があるため、専門家への相談が必要です。
配偶者控除の活用も考慮すべき点です。婚姻期間20年以上の夫婦間では、居住用不動産について2,000万円の配偶者控除が適用できる場合があります。
2-2.贈与者に税金がかかる場合もあります
負担付贈与において、贈与者には譲渡所得税が課税される可能性があります。これは、負担部分について有償譲渡があったとみなされるためです。
譲渡所得の計算方法は以下の通りです。
譲渡所得 = 譲渡価額(負担債務額)- 取得費 × 負担債務額÷贈与財産の時価
前述の例で計算すると、15年前に1,000万円で取得した土地(現在時価3,000万円)を2,000万円の借金付きで贈与する場合:
- 譲渡価額:2,000万円
- 取得費:1,000万円×2,000万円÷3,000万円=約667万円
- 譲渡所得:2,000万円-667万円=1,333万円
長期譲渡所得の税率が適用されます。5年超保有の不動産の場合、所得税15.315%、住民税5%の合計20.315%が課税されます。上記の例では、1,333万円×20.315%=約271万円の税金が発生します。
居住用財産の特例について、自宅の負担付贈与の場合、3,000万円特別控除などの居住用財産の特例が適用できる可能性があります。ただし、親族間取引では適用が制限される場合があるため、注意が必要です。
3.負担付贈与のメリット
負担付贈与には、贈与者・受贈者の双方にとって多くのメリットがあります。
3-1.ローンや介護などの負担をしてもらえる
負担付贈与の最大のメリットは、贈与者が抱える様々な負担を受贈者に移転できることです。
債務の移転により、住宅ローンや事業債務などの借金を子どもに引き継がせることで、贈与者の経済的負担を軽減できます。特に高齢の贈与者にとって、長期間の債務返済から解放されることは大きな安心材料となります。
介護負担の明確化も重要なメリットです。将来の介護費用や日常生活のサポートを条件とすることで、贈与者は老後の生活に対する不安を軽減できます。同時に、受贈者にとっても介護義務が明確になることで、家族間のトラブルを防ぐ効果があります。
相続争いの防止という効果もあります。生前に財産の移転と負担の分担を明確にすることで、相続時の争いを未然に防ぐことができます。特に複数の相続人がいる場合、負担付贈与により公平な財産分配を実現できます。
生前対策の効果として、贈与者が元気なうちに財産の整理と負担の移転を行うことで、認知症などで判断能力が低下した後のリスクを回避できます。
3-2.受贈者が負担を履行しなければ、契約を解除することができる
負担付贈与は双務契約であるため、受贈者が約束した負担を履行しない場合、贈与者は契約を解除することができます。
受贈者が負担を怠った場合、贈与者は履行を求める権利があります。介護義務の場合は具体的な介護内容の履行を、債務引受の場合は約定通りの返済を求めることができます。
契約解除権の行使により、受贈者が継続的に負担を履行しない場合、贈与者は契約を解除して財産の返還を求めることができます。これは通常の贈与にはない大きなメリットです。
損害賠償請求も可能です。負担の不履行により贈与者が損害を被った場合、その賠償を求めることができます。例えば、介護義務の不履行により外部の介護サービスを利用することになった場合、その費用を請求できます。
予防効果として、契約解除の可能性があることが受贈者への心理的プレッシャーとなり、負担の確実な履行を促す効果があります。
3-3. 口頭でも契約は成立する
負担付贈与は口頭での合意でも法的に有効な契約として成立します。これにより、柔軟な取り決めが可能となります。
手続きの簡素化により、複雑な書面作成手続きを経ることなく、家族間で気軽に取り決めを行うことができます。緊急時や突発的な状況にも対応しやすいというメリットがあります。
柔軟な条件設定が可能です。画一的な契約書では表現しにくい細かな条件や家族特有の事情を反映した取り決めを行うことができます。
費用の節約という実務的メリットもあります。公正証書の作成や専門家への依頼費用を節約することができます。
ただし、紛争防止の観点から、後日のトラブルを避けるため、重要な負担付贈与については書面化することを強く推奨します。特に不動産や高額な財産の贈与の場合は、契約書の作成が不可欠です。
4. 負担付贈与のデメリット
負担付贈与には多くのメリットがある一方で、いくつかのデメリットやリスクも存在します。
4-1. 約束通りに負担してくれないリスクがある
負担付贈与の最大のリスクは、受贈者が約束した負担を履行しない可能性があることです。
履行能力の変化により、受贈者の経済状況や健康状態の変化により、当初約束した負担を履行できなくなる場合があります。例えば、借金の肩代わりを約束した子どもが失業した場合、返済が困難になる可能性があります。
家族関係の悪化も深刻な問題です。負担の履行を巡って家族間の関係が悪化し、最終的に負担を放棄される可能性があります。特に介護負担の場合、長期間にわたる負担により受贈者が疲弊し、関係が破綻することがあります。
負担の不履行があっても、家族間では法的手段に訴えることが心理的に困難な場合が多く、強制執行による実効性のある解決が難しいケースがあります。
第三者への影響も考慮すべき点です。債務の引受の場合、債権者の同意が必要であり、受贈者の履行能力に問題があると債権者が同意しない可能性があります。
4-2. 不動産の贈与の場合は特に税金がかかる
不動産の負担付贈与では、特に重い税負担が発生する可能性があります。
贈与者の譲渡所得税が最も大きな負担となります。前述の通り、負担部分について譲渡所得税が課税され、長期保有の不動産であっても20.315%の税率が適用されます。時価が取得価格を大幅に上回っている不動産では、高額な税金が発生します。
受贈者の贈与税も無視できません。純贈与価値に対して贈与税が課税され、特に高額な不動産の場合は最高税率55%が適用される可能性があります。
不動産取得税の負担もあります。受贈者は不動産取得税(標準税率4%、住宅用土地・建物は3%)を負担する必要があります。固定資産税評価額に税率を乗じた額が課税されます。
登録免許税として、所有権移転登記時に登録免許税(固定資産税評価額×2%)が課税されます。
相続税との比較では、相続税の方が税負担が軽い場合があります。相続税には基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)があり、小規模宅地等の特例も適用できるため、負担付贈与より有利になることがあります。
4-3. 贈与物に不備や欠陥があるとトラブルになるリスクがある
負担付贈与では、贈与される財産に問題がある場合、通常の贈与よりも深刻なトラブルに発展する可能性があります。
担保責任の発生により、負担付贈与は有償契約としての性質を持つため、贈与者は売主と同様の担保責任を負います。贈与財産に隠れた瑕疵があった場合、損害賠償責任を負う可能性があります。
不動産の欠陥問題として、建物の構造上の欠陥、土壌汚染、境界紛争などの問題が後日判明した場合、受贈者は負担を履行しているにも関わらず、欠陥のある財産を取得することになります。
権利関係の複雑化も問題となります。抵当権や賃借権などの負担が設定されている不動産の場合、これらの権利関係の整理が不十分だと、後日トラブルの原因となります。
修補費用の負担について、贈与財産の修補や改善に予想以上の費用がかかる場合、受贈者の負担が当初の想定を大幅に超える可能性があります。
事前調査の重要性として、これらのリスクを回避するため、負担付贈与の実行前には十分な調査が必要です。
5. まとめ
負担付贈与は、相続対策や家族間の財産移転において有効な手法ですが、その実行には慎重な検討が必要です。
負担付贈与の基本的な仕組みとして、受贈者が一定の負担を引き受けることで財産を取得する契約であり、純贈与価値に対してのみ贈与税が課税されることを理解することが重要です。しかし、贈与者には譲渡所得税が課税される可能性があり、総合的な税負担を検討する必要があります。
負担付贈与は適切に活用すれば、贈与者・受贈者の双方にメリットをもたらす優れた制度です。しかし、その複雑性とリスクを十分に理解した上で、専門家のアドバイスを受けながら慎重に検討することが重要です。個々の家族状況や財産内容に応じた最適な活用方法を見つけることで、効果的な相続対策を実現できるでしょう。
相続対策をご検討されている方はランドマーク税理士法人までご相談ください。