相続税対策として、賃貸物件の購入を検討する方が増えています。現金や預貯金をそのまま相続するより、不動産を活用したほうが評価額を抑えられる可能性があり、結果として相続税の軽減につながるケースがあるためです。
一方で、分割の難しさや空室リスク、相続後の売却タイミングなど、注意すべき点も多く存在します。「実際にどのような仕組みで節税につながるのか」「注意点にはどう対処すればよいのか」といった疑問をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
本記事では、賃貸物件が相続税対策として有利とされる理由や、実際に活用する際のメリット・注意点についてわかりやすく解説します。
1. 賃貸物件を持つと相続税対策になります
賃貸物件を活用することで、相続税評価額を抑える効果が期待できます。不動産が現金よりも有利とされる評価の仕組みや、借家権割合・貸家建付地といった制度のポイントを見ていきましょう。
1-1. 現金よりも不動産の方が評価額は下がることがある
相続税は、被相続人が保有していた財産の評価額に応じて課税されます。現金や預貯金といった金融資産は額面どおりの金額で評価されるため、課税対象額が大きくなりやすく、相続税の負担も増える傾向にあります。
一方で、不動産の評価は「財産評価基本通達」に基づき、国税庁が定める方法で価格を算定します。例えば、土地であれば「路線価方式」または「倍率方式」で評価されることが多く、市場価格(時価)よりも2?3割ほど低く評価される例は一般的です。
また、賃貸物件が建っている土地は「貸家建付地」として評価されます。借地権や借家権といった権利が設定されている場合、所有者は土地を自由に活用できないとみなされ、その分だけ評価額が減額される仕組みです。建物も同様に、第三者に貸している場合は「貸家」として評価され、固定資産税評価額から借家権割合に応じた控除が適用されます。
このような制度を活用すれば、不動産の中でも賃貸物件を所有しているケースでは、現金よりも評価額を低く抑えられる可能性があります。結果として、相続税の抑えやすい資産といえるでしょう。
1-2. 借家権割合・借地権割合
賃貸物件の相続税評価には、「借家権割合」や「借地権割合」といった制度が影響します。いずれも不動産の権利関係に基づき、評価額を一定程度抑える仕組みです。所有する不動産の利用状況によって評価額が変わるため、概要を把握しておくとよいでしょう。
借家権割合は、賃貸物件に住む借主の権利を評価に反映するもので、全国一律で30%と定められています。建物が賃貸に使われている場合、その割合に応じて評価額が減額される仕組みです。評価額1,000万円の建物で賃貸割合が100%であれば、相続税評価額は700万円となります。
一方、借地権割合は、土地を借りて建物を建てている場合に適用される指標です。割合は地域によって異なり、国税庁が公表する「路線価図」で確認できます。一般の住宅地では60?70%程度、都心部では90%に達することもあります。
なお、建築物件が建つ土地は「貸家建付地」とみなされることが多く、土地の評価額も抑えられる傾向があります。
1-3. 小規模宅地等の特例
賃貸物件が相続税対策として注目される理由のひとつに、「小規模宅地等の特例」があります。小規模宅地等の特例は、一定の条件を満たす土地に対して、相続税評価額を大幅に軽減できる制度です。内容によって最大80%の減額が可能となっており、非常に効果的な節税手段といえるでしょう。
例えば、賃貸アパートやマンションの敷地が「貸付事業用宅地」として認められた場合、200㎡までの部分について評価額が50%減額されます。土地の持ち分が比較的小さい区分所有マンションなどでは、この上限内に収まりやすく、特例を最大限に活用できる可能性が高まります。
もっとも、小規模宅地等の特例制度を利用するには、いくつかの要件を満たさなければなりません。具体的には、相続人が賃貸経営を引き継ぎ、一定期間継続していることや、相続税の申告期限まで土地を保有していることなどが求められます。また、賃貸事業を開始してから3年以内に相続が発生した場合は原則として適用対象外となるため、注意が必要です。
小規模宅地等の特例は、相続時に選択して適用する仕組みであり、状況に応じて最も有利な方法を取れます。制度の内容は複雑なため、適用を考える際には税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
2. 賃貸物件を購入するメリット
賃貸物件を相続税対策として活用することには、評価額の圧縮による節税効果があります。しかし、それだけではありません。不動産収入の確保や将来的な所得税対策など、長期的なメリットも期待できます。
賃貸物件を所有することで得られる具体的なメリットを見ていきましょう。
2-1. 不動産収入がある
賃貸物件を所有する最大のメリットのひとつは、安定した家賃収入を得られる点です。相続税対策として物件を購入した場合でも、不動産を賃貸に出すことで、毎月の収益が生活の支えになります。現金や預貯金のように利息がほとんどつかない金融資産と比べると、大きな利点といえるでしょう。
特に都市部や駅近など人気エリアにある物件なら、長期的な空室リスクを抑えやすく、資産を活かした収入の柱として機能します。また、インフレが進んでも家賃は物価にある程度連動するため、実質的な収益を維持しやすいという特徴も見逃せません。
さらに、相続後は家賃収入が次世代の生活費や教育資金に役立つ可能性もあります。相続税対策と生活の安定を同時にかなえる手段として、賃貸物件の活用は有効です。
2-2. 所得税対策にもなる
賃貸物件を所有・運用することで、所得税の負担を抑える効果が期待できる点も見逃せません。家賃収入が発生する一方で、物件の維持管理費や修繕費、ローンの利息、さらに建物の減価償却費などを経費として計上することで、課税対象となる不動産所得を抑えられる可能性があります。
給与所得がある方が賃貸経営を行い、不動産所得が赤字となった場合、その赤字を給与所得と損益通算することで、所得税や住民税が軽減されるケースもあります。ただし、近年の税制改正により、損益通算の適用には一定の制限が設けられているため、事前に最新の制度を確認することが大切です。
また、将来的に物件の管理を法人化したり、家族に実際の業務を委ねたりすることで所得を分散し、家族全体の税負担を抑える手段としても活用できます。このように、賃貸物件は、相続税対策にとどまらず、所得税や住民税を含めた総合的な税負担の軽減策としても有効です。
3. 賃貸物件を購入する時の注意点
賃貸物件は相続税対策として多くのメリットがある一方で、購入・所有にあたっては注意すべきポイントも存在します。資産の分割が難しい不動産ならではの問題や、空室による収入の不安定さ、税務申告の手間など、事前に把握しておくべき点は少なくありません。
賃貸物件を購入する前に押さえておきたい主なリスクと対策を解説します。
3-1. 分割の時にトラブルが起きやすい
不動産は現金と異なり、相続人ごとに均等に分けることが難しい資産です。特に賃貸物件では、「誰が所有するのか」「誰が管理するのか」「収益はどう分配するのか」といった点で意見が分かれやすく、相続トラブルに発展する恐れがあります。
例えば、長男が物件を相続して家賃収入を得る一方で、他の相続人に現金などの代償を用意できなければ、不公平感が生じかねません。さらに、不動産を共有で相続した場合には、意思決定に全員の合意が必要となるため、運用や売却が思うように進まないこともあるでしょう。
こうしたトラブルを防ぐには、遺言書をあらかじめ用意して財産の分け方を明確にしておくことが大切です。加えて、生命保険を活用して代償分割のための資金を確保するなど、事前の備えが相続時の円滑な対応につながります。
3-2. 空室リスク
賃貸物件を所有する以上、空室リスクは常につきまとうものです。相続税対策のために収益性の低い物件を購入すると、入居者が集まらず、長期にわたり家賃収入を得られない恐れがあります。
さらに、空室が多いと賃貸割合が低くなり、相続税評価額の圧縮効果も限定的になってしまいます。つまり、「相続税対策のために購入した物件なのに、評価額が思ったほど下がらなかった」という事態に陥る可能性もあるのです。
空室が続けば、家賃収入が得られないだけでなく、固定資産税やローン返済などの支出が家計を圧迫する恐れもあります。物件を選ぶ際は、立地や築年数、周辺需要といった要素を慎重に見極め、収益性が見込める物件を選ぶことが重要です。加えて、入居率の高い管理会社に運営を任せることも、リスクを抑えるうえで有効な手段となります。
3-3. 所得の確定申告が必要
賃貸物件から得られる所得は「不動産所得」として課税対象となり、基本的に確定申告が必要です。会社員の方であっても、副収入としての所得が年間20万円を超える場合は申告義務が生じます。
不動産所得は、収入から必要経費を差し引いた金額に対して課税される仕組みです。経費として認められるものには、管理費、修繕費、火災保険料、減価償却費などがあり、適切に帳簿を付けて記録する必要があります。
また、相続で賃貸物件を引き継いだ場合には、相続後に得た家賃収入について新たに確定申告を行わなければなりません。さらに、被相続人が亡くなった年の家賃収入は、相続人が代わりに「準確定申告」を行う必要があります。準確定申告は、相続人全員の連名で行うことが原則です。
確定申告に必要な書類や手続きはケースによって異なるため、初めて不動産所得を申告する方や相続を伴うケースでは、税理士などの専門家に相談して進めると安心です。
3-4. 相続後の売却時期
賃貸物件を相続した場合、売却のタイミングによって税負担やリスクが大きく変わります。相続発生後すぐに売却すれば、相続税の納税資金を確保しやすい一方で、物件の評価額や市場価格によっては損失が出る恐れもあります。
また、相続した賃貸物件を売却する際は、被相続人がいつ購入等したのか確認しましょう。相続人は被相続人の取得時期を引き継ぎますので、被相続人の取得時期から5年以内に売却すると「短期譲渡所得」として高い税率が適用される点にも注意が必要です。5 年を超えて所有したあとに売却すれば、「長期譲渡所得」として税率を抑えられる可能性があります。
さらに、相続後一定期間内に売却した場合、相続税対策のための不動産活用と税務署にみなされ、小規模宅地等の特例が否認されるリスクもあります。小規模宅地等の特例が適用されないと、相続税額が大きく跳ね上がることもあるため、売却のタイミングは慎重に検討しなければなりません。
相続税対策と売却のバランスを取るには、税理士や不動産会社と相談しながら、3年以上所有してから売却するかどうかを含めて、戦略的に判断することが重要です。
4. まとめ
賃貸物件は、現金や預貯金に比べて相続税評価額を抑えやすく、相続税対策として有効な資産のひとつです。借家権割合や小規模宅地等の特例を活用すれば、評価額の大幅な減額が可能になるケースもあります。
さらに、賃貸物件を所有することで家賃収入を得られる点も大きなメリットです。経費を適切に計上すれば、所得税の節税効果も期待できるでしょう。
一方で、相続時には分割の難しさや空室リスク、税務申告の手間など注意すべき点もあります。相続後すぐに物件を 売却すると、短期譲渡所得として高い税率がかかる可能性があるため注意が必要です。
賃貸物件で相続税対策を行う際は、これらのメリット・デメリットを正しく理解したうえで活用することが重要です。お困りごとがございましたら、ランドマーク税理士法人までご相談ください。