美術品は相続税の対象となる財産です。中には非常に高価なものもありますが、正確な評価額を知っておかないと、想像以上に相続税が多額になって納税資金が不足してしまったり、正しい申告ができずに後でペナルティーを受けることになってしまったりするリスクがあります。
今回は、美術品の価値を調べる方法と、相続税の申告に関するペナルティー。そして、生前のうちから取れる対策などについて解説します。
1.美術品も相続財産に含まれる
美術品には、絵画、陶芸、彫刻といったさまざまなものがあります。こういった美術品は相続財産に含まれるものとされています。
美術品の中には、非常に高額で取引されているものもあります。また、家にあったガラクタだと思っていたものが、鑑定の結果、とても高額なものだったと判明するようなケースもあります。
相続財産に含まれる美術品が、想像よりも非常に高いものだった場合や、値上がりで価値が高まっているような場合には、相続税額が莫大な金額になってしまう可能性もあります。だからこそ、美術品を所有している場合は、どれくらいの資産価値のあるものなのかを確認しておくことが大切です。
また、美術品のような「高額であるものの、その価値が一目ではわかりにくいもの」は、税金逃れに利用されるケースもあるため、税務当局が注視している部分です。正しい評価額で申告されていない場合は修正申告を求められ、その際には、過少申告加算税や重加算税といったペナルティーが課されます。
ミスによるペナルティーをなくすことができるため、正確な申告を心がけましょう。
2.美術品の価値について
美術品にかかる相続税がどれくらいになるのかを確認するためには、相続税の計算にあたって美術品の評価額がどのように決められるのかを知っておく必要があります。
相続税法22条に、相続財産の評価は「財産を取得した日の時価」と定められています。相続における財産取得日は「相続が開始した日」、つまり「被相続人が死亡した日」となります。
では、「時価」はどのように決められるのでしょうか。当然、その時価は「客観的に説得力のある時価」でなければなりません。適正な評価ができていないと、最悪の場合は「脱税行為」と判断されてしまうこともあります。
美術品の価値を正しく評価する方法には、大きく分けて、「実売実例価格を調べる方法」と「専門家に鑑定してもらって精通者意見価格を出す方法」の2種類があります。
2-1.購入価格及び同等品の販売価格を自身で調べる(実売実例価格)
美術品の中には、ほぼ同じようなものが複数流通しているものもあります。こういった美術品であれば、同等品の販売価格を調べ、それを基準にすることができます。
売買契約書など、客観的に価格を証明できるものがあれば、それを参考にして時価を推定することも可能です。
しかし、購入価格は時価ではありません。購入から何年も経っている場合や、時価が大きく変動しているような場合には、参考にできない点にも注意が必要です。
ただ、高価な美術品は1点しか存在しない貴重なものであることが多く、販売価格で時価を決めることはできないでしょう。それほど高価でなくとも、同等品の販売価格を基準にして時価を知ることができる美術品も、多くないはずです。そのため、可能な限り、次に紹介する専門家の鑑定で精通者意見価格を出してもらう方が望ましいと言えます。
2-2.専門家に鑑定してもらう(精通者意見価格)
専門家に鑑定してもらう場合は、「買取業者の査定を利用する方法」と「専門家に鑑定してもらう方法」が挙げられます。
美術品の買い取りをしている業者に査定を依頼し、その査定価格を時価の基準として考えることができます。
ただ、美術品を本格的に査定するのは簡単ではありません。貴重な美術品の場合は、本物かどうかの見極めが必要です。美術品を買い取ってくれる業者であればどこでもいいのではなく、市場価値通りの適正な査定が行える、美術品専門の買取業者などに依頼するのが望ましいでしょう。
もし、美術品の本当の価値を見極めることができない業者に査定してもらった場合、美術品の評価額は小さくなり、相続税額の低くなるかもしれませんが、税務調査が入った際に、正しい評価額ではないと判断され、ペナルティーを受ける可能性もあります。
最も客観的で説得力ある評価をしてもらえる方法が、美術品の専門家に鑑定してもらう方法です。美術商などの専門家であれば、その美術品の真贋はもちろん、芸術的価値も、より正確に見定めることができるはずです。
鑑定をしてもらうためには費用がかかりますが、鑑定評価書を作成してもらうこともできるため、信頼性の高い評価額を知ることができる方法だと言えます。
相続にあたって行った鑑定費用は、相続財産から控除することはできません。しかし、正しい相続財産の評価と相続税の申告を通して、さまざまなトラブルを未然に防ぐための費用とも言えるものですから、鑑定料を惜しまずに、適正な評価をしてもらうのが望ましいでしょう。
2-3.価値の低い美術品は家財との一括計上ができる
美術品の中でも安価なものは、家庭用財産として一括計上することができます。その基準は、「1個または1組の評価額が5万円以下のもの」とされています。
書画・骨董として、個別に記載する必要はありません。
3.美術品の申告漏れには注意
美術品も相続財産に含まれるため、その申告ができていないと申告漏れになってしまいます。美術品が相続財産に含まれることを知らずに申告漏れになっているケースだけでなく、「安いものだと思っていた」ために申告漏れになってしまうこともあります。
もし、申告漏れになってしまった場合は、ペナルティーがあることにも注意が必要です。
①相続税の期限を過ぎてしまった場合
相続税の申告・納付期限である「相続開始の翌日から10か月」を過ぎてしまった場合は、次のようなペナルティーがあります。
申告をしていない場合は無申告加算税が、納付期限を過ぎてしまった場合は、延滞税が課されます。なお、延滞税は、次に説明する②や③のケースでも課されるものです。
無申告加算税は申告時の状況や相続税額によって、5~20%の範囲となっています。
延滞税は、金利情勢の影響で変動するため、国税庁のホームページで最新の税率を確認してください。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/osirase/9205.htm
②申告漏れがあった場合
相続税を期限内に申告・納付したが、その内容に申告漏れがあった場合は、過少申告加算税が課される場合があります。
原則として、過少申告加算税は「新たに納めることになった税金の10%」です。しかし、新たに納める税金が当初の申告納税額と50万円のいずれか多い金額を超える場合は、その部分について15%となります。
なお、過少申告加算税は、税務調査の事前通知を受ける前に自主的に修正申告した場合はかからず、事前通知を受けてから税務調査を受けるまでに修正申告した場合は軽減されます。
③悪質な行為とされた場合
課税を逃れるために意図的に脱税行為を働いたと判断された場合は、重加算税が課されます。
重加算税は、過少申告だった場合は35%、無申告だった場合は40%で、非常に重い負担となっています。
4.美術品を手放す方法
これまで、美術品の相続財産としての評価方法や、申告漏れになってしまった場合のことについて説明しました。
ここからは、美術品を所有している場合に、生前のうちからできる対策についてお話します。
相続税の納税資金を確保するために美術品を売却する方法に加えて、一部の美術品で活用できる納税猶予について解説します。
4-1.売却
美術品を売却した場合、利益が出た部分は所得税の課税対象となります。
所得区分としては「譲渡所得」に該当しますが、不動産や株式とは異なり「総合課税」の対象です。
所得額は、次の計算式で求められます。
譲渡所得額=総収入金額-(取得費+譲渡費用)-特別控除額(※)
この譲渡所得は、「所有期間が5年以内」のものは短期譲渡所得、「所有期間が5年超」のものは長期譲渡所得に分類されます。そして、長期譲渡所得については、その2分の1だけが課税対象の所得額となります。
譲渡所得を計算する際、契約書を紛失したり、購入金額を忘れてしまったりして、取得費がわからないケースもあります。そういった場合は、「収入金額の5%」を概算取得費とすることができます。しかし、概算取得費は売却価格に対して非常に低い金額です。取得費の証明となる書類等はしっかりと残しておきましょう。
美術品を売却した場合、売却して得た現金は相続税の課税対象になります。二重に課税されてマイナスになるようにも思えますが、相続税の納税資金確保のために必要であれば、売却しておく方がよいケースもあります。
また、相続税率よりも所得税率が低いため売却時の税負担が少なく、売却で得た現金を生前贈与するなどして、相続税の負担を減らすことも可能です。安易に売却すればいいわけではないため、総合的な判断をして、売却するかを検討すべきでしょう。
※特別控除額は、短期・長期あわせて最大50万円で、短期譲渡所得から優先して控除される
4-2.寄託
平成30年の税制改正で、「特定の美術品についての相続税の納税猶予」という制度が設けられました。
「特定美術品」に該当する美術品について、所有者(被相続人)が生前のうちに、所定の寄託をすることで、その美術品にかかる相続税の80%が猶予されるというものです。
※特定美術品は、「重要文化財として指定された絵画等の動産」や「登録有形文化財のうち一定のもの」とされています
①相続開始前
被相続人が生前のうちに、特定美術品について、寄託先美術館の設置者と寄託契約を締結し、寄託します。また、文化財保護法の規定の基づき、保存活用計画に係る文化庁長官の認定を受けます。「寄託先美術館」は博物館法に規定する博物館等に限られています。
②相続開始後
被相続人の死亡後、特定美術品を相続する者(寄託相続人)が、引き続き寄託を継続することで、特定美術品の課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予されます。
ただし、特定美術品が重要文化財の場合は「保存活用計画の変更の認定申請」を、登録有形文化財の場合は「保存活用計画の新たな計画の認定申請」を、相続開始後8か月以内に行わなければなりません。そして、これらの書類を相続税の申告書と合わせて税務署に提出し、猶予される納税額等に見あった担保を提供する必要があります。
③寄託継続後
寄託相続人が死亡したなどの場合には、猶予されていた相続税が免除されます。なお、3年経過ごとに納税猶予の特例を受けつづけるための「継続届出書」を提出しなければなりません。
また、寄託契約を終了したり、特定美術品を譲渡したりした場合は、猶予されていた相続税の全額と利子税を納付しなければならないため、注意が必要です。
5.まとめ
美術品も相続財産として評価をしなければなりません。そして、その評価は客観的で説得力あるものでなければならないため、より正確な評価ができるようにする必要があります。
高額な美術品になればなるほど、申告漏れや申告ミスがあったときのペナルティーも大きなものになります。美術商や専門家などに鑑定を依頼して、正しい申告ができるようにしましょう。
また、美術品を所有している場合は、生前のうちから対策を取っておくことも大切です。現時点での評価額を知っておき、正確な相続税額も調べることで、適切な対策を取ることができます。
対策の1つとして、美術品を売却して納税資金を準備しておく方法が考えられます。この他、特に価値のある美術品を所有している場合は、美術館への寄託をすることで、相続税の80%猶予(と免除)を受けることも可能です。
こういった対策がありますが、美術品の相続は税務当局も目を光らせていることでもあります。正しい対策ができていないと、脱税行為とみなされてしまうこともありますので、信頼できる税理士に相談し、適切な対策ができるようにしておきましょう。