遺産を相続したときに、その中に生産緑地が含まれていた場合、特に農業以外の職に就いている方にとっては、その生産緑地をどうすればいいのか、悩まれることが多いと思います。
農地を相続する際、一定の条件を満たせば「農地の納税猶予の特例」を受けられます。特例を受けられれば、一定額の相続税の納税が猶予されます。条件を満たし続ければ長期間納税が免除されるでしょう。その一方で、条件を満たさなくなった場合は特例が適用されないだけでなく、ペナルティが課せられる可能性もあります。
本記事では、農地の納税猶予の概要と対象者、手続き方法や注意点をわかりやすく解説します。
1 農地の納税猶予とは
はじめに農地の納税猶予とはどのようなものか、概要と計算方法を紹介します。
「農地」とは耕作を目的とした土地の総称であり、田畑のほか牧草地や果樹園、蓮池なども該当します。
例えば、親が農業をおこなっていて農作物を育てている土地を相続した場合や、かつて農地だった場所を相続した場合などは、農地の納税猶予を受けられる可能性があるでしょう。
1-1.一定の相続税額の支払いが猶予される
農地の納税猶予とは、農業を行っていた方が亡くなって農地を相続した方が農業を引き継ぐなど一定の条件を満たすと、相続税の支払いが猶予される特例です。
「猶予」とありますが、実際は免除と考えていいでしょう。
農地の納税猶予は、相続だけでなく生前贈与にも適応されます。
農地を生前贈与で引き継いで農業を行うなど一定の条件を満たした場合、贈与税の支払いが猶予されます。
農地の納税猶予は、農家の後継者育成を税制面から優遇するためにもうけられた制度です。したがって、親や兄弟から土地を相続、もしくは贈与してもらって農業を続ける場合は相続税、贈与税が大幅に免除されると考えていいでしょう。
1-2.猶予される税額の計算方法
農地の納税猶予を利用した場合、以下のような計算方法で猶予の額を計算できます。
「通常の相続税評価額で計算した場合の相続税額」ー「農業投資価格で計算した場合の相続税額」
「農業投資価格」とは、農地として取引される場合に認められる価格であり、国税局長が決定し毎年更新されます。
農業投資価格は通常10aあたり、約20万円~90万円程度であり、通常の評価額の数百分の一程度に低くなっているのが特徴です。
例えば、通常の相続税評価額だと1億円の価値がある土地でも、農業投資価格では1,000万円程度に抑えられる可能性があります。
相続税の税率は、1000万円までは10%、3000万円までは15%、5000万円までは20%、1億円までは30%と、相続する額が大きくなるほど高くなっていきます。農業投資価格で相続税や贈与税が計算できれば、大幅に節税になることでしょう。
1-3. 所定の要件を満たすと猶予された税額が免除される
農地の納税猶予を受けられるのは、以下のような条件を満たした場合です。
被相続人の条件
- 被相続人が死亡の日まで農業を営んでいた
- 被相続人が死亡の日まで特定貸付け・認定都市農地貸付け・農園用地貸付けのいずれかを行っていた
- 被相続人が生前一括贈与を行った
特定貸付けとは、10a未満の農地を非営利目的の農作物育成のために貸し出すことです。「高齢になって農業が難しくなったので、家庭菜園を行いたい方に5年までの約束で貸した」等が該当します。なお、企業や個人に営利目的の農作物を育成する目的で農地を貸している場合は、「農園用地貸付け」に該当します。また、農園用地貸付けには体験農園なども該当するので、被相続人が直接農業を行っていなくても農地の納税猶予を受けられるので、確認してみましょう。
一方、相続人は以下のような条件を満たさなければなりません。
- 相続税の申告期限までに農業を開始し、申告後も農業を行う
- 相続税の申告期限までに特定貸付け・認定都市農地貸付け・農園用地貸付けを行った
- 生前一括贈与を受けた
例えば、親と一緒に農業を行っていた方だけでなく、親の死や年齢をきっかけに農業を始める場合も農地の納税猶予を受けられます。また、「自分では農業を行わないが、誰かに貸与して農業を行ってもらう」といった場合も農地の納税猶予を受けられます。
ただし、「親から受け継いだ土地を開墾して農業を始めた」という場合は、農地の納税猶予を受けられないので注意が必要です。
2.対象となる農地等とは?
ここでは、農地の納税猶予を受けられる条件を満たした「農地」について解説します。
法律で定められた「農地」についても解説するので、参考にしてください。
2-1.農地等の定義
前述したように、農地は田畑のほか牧草地や蓮池なども該当します。
また、現在は耕作はされていないが、耕作しようと思えばいつでも農作物を耕作できる土地や、植木が植えられている土地、盆栽を販売目的で育てている土地などが該当します。
一方、家庭菜園や他の用途で登記されている土地で、一時的に農地として利用している土地などは該当しません。
また、盆栽を育てていても観賞用で栽培している場合は農地に該当しないので注意しましょう。
つまり、農地とは「人に貸して農業をしてもらっている土地」「営利目的で農作物等を育成している土地」と考えていいでしょう。
したがって、何ヘクタールも土地を持っていて農作物を作っていても自家消費の場合は「農地」には該当しません。
2-2. 特例の対象となる農地等の要件
農地の納税猶予の特例を受けられる農地は、以下の条件を満たさなければなりません。
- 相続税の申告期限までに遺産分割された農地
- 被相続人から生前一括贈与によって取得した農地であり、被相続人が死亡するときまで贈与税の納税猶予、もしくは納期限の延長の特例の適用を受けた
例えば、相続人同士で農地の相続方法で意見が分かれており、相続税の申告期限までに遺産分割されていない場合は特例を受けられないので注意してください。
また、生前贈与された土地でもすでに贈与税を支払っている場合も対象外です。
このほか、「特定市街化区域農地」は特例の対象になりません。
農地の定義などはわかりにくいところもあるので、不明な場合は税理士をはじめとする専門家に相談しましょう。
3.納税猶予の対象となる被相続人と相続人の要件
ここでは、農地の納税猶予の対象となる被相続人と相続人、それぞれの条件を紹介しましょう。
農地や親から子、祖父母から孫、兄弟同士で相続される機会が多いですが、納税猶予の対象にならない場合もあるので、注意が必要です。
3-1. 被相続人の適用要件
被相続人の適用要件は前述したように、死亡の日まで農業を営んでいたり特定貸付や認定農地貸付等を行っていたりした人です。
ただし、家庭菜園は適用外なので注意しましょう。
例えば、「以前は農業を行っていたが、加齢等を理由に自家消費分だけを作るようになった」という場合が該当します。
一方、定年退職後に農地を購入して、営利目的で農作物を作っており相続人が農業を引き継ぐ」という場合は、適用されます。
3-2.農業相続人の適用要件
農地相続人の適用要件は、前述したように相続税の申告期限までに農業を開始して申告後も農業を行ったり、特定貸付け・認定都市農地貸付け・農園用地貸付けを行う場合です。
また、農業をしようと思って生前一括贈与の特例の適用を受けたが、体を壊して農業ができず営農困難時貸付けを利用し、税務署長に届出をした人も適用を受けられます。
3-2-1.農地を2人以上の相続人、共同名義で相続した場合は?
農地を2人以上で相続し、共同名義にしても農地の納税猶予を受けることはできます。
ただし、共同名義の場合は名義人全員が農業を行う必要があります。
共同名義人のうち、農業を行う方と行わない方がいる場合、農業を行わない方の取得分は特例を受けられません。
3-2-2.農地を取得した相続人が未成年や学生の場合は?
農地を相続した人が未成年や学生で、今すぐ農業に従事できない場合や生計を同じくしている同居家族が農業をしている場合は、相続税の納税猶予の特例を受けられます。
しかし、農地を相続した未成年や学生が成人したり学校を卒業したりしても農業に従事しなかった場合は、特例が取り消される場合もあります。
未成年や学生が農地を相続する場合、将来は農業に従事するのか確認を取るか、農業に従事する方に貸す段取りを整えるなどの対処が必要です。特に、大学3~4年生で残り1~2年で社会人になる等の場合は本人の意思を確認したうえで、特例を利用するか検討しましょう。
4.農地の納税猶予の特例を受けるための手続きについて
ここでは、農地の納税猶予の特例を受けるための基本的な手続きを紹介します。
家族で農業を営んでいたり、親の農業を継ぐ予定だったりする方は参考にしてください。
4-1.納税猶予の特例 手続きの流れ
納税猶予の特例を利用する場合、手続きの流れは以下のとおりです。
- 相続税の納税猶予に関する適格者証明願をお住まいの地域にある農業委員会に提出
- 農業委員が相続の対象になる農地を確認する
- 問題がない場合、農業委員会より「相続税の納税猶予に関する適格者証明書」等の書類が発行される
- 「納税猶予の特例農地の農地等該当証明書」を市役所で取得
- 取得した書類を相続税申告書とともに税務署に提出
農業委員会とは、市町村ごとに設置される行政委員会の一種です。農地の売買・貸借の許可、農地転用案件への意見具申など、農地法に基づく事務等を行います。もし、農業委員会へのアクセス方法が分からない場合は、お住まいの自治体のサイトをチェックしてみてください。
また、「農業委員会 お住まいの自治体」で検索してもアクセス方法がヒットするはずです。
4-2.必要書類
農地の納税猶予を受ける場合は、以下のような必要書類を所定の場所に申請して受け取る必要があります。
- 相続税の納税猶予に関する適格者証明書:農業委員会
- 特例適用農地の明細書:農業委員会
- 納税猶予の特例農地の農地等該当証明書:市役所
特例を受ける場合は、相続税の申告期限までに相続税申告書に上記の書類と「相続税額+利子税」相当の担保に関する必要書類をすべて添付して相続税申告を行います。
相続の際はやることがたくさんあり、相続税の申告期限は相続発生の翌日から10ヶ月以内です。
複数の相続人がいる場合は、共同で相続するのか誰かが代表で相続するか話し合いをする必要があります。
5.納税猶予の期間中は継続手続きが必要
納税猶予を受けている間は、継続届出書を3年ごとに提出しなければなりません。
継続届出書を提出しない場合、特例の適用が打ち切られるだけでなく猶予されていた相続税や贈与税を請求されるだけでなく、利子税も請求されます。
納めなければ「脱税」として罰則が科せられる可能性もあるので、農業を行っている間も必ず継続手続きを行ってください。
6.農地の納税猶予税額が免除される期限(営農継続期間)
農地の納税猶予税額が免除される期限は、以下のように都市計画区分や地理的区分によって異なるので、確認しておきましょう。
- 市街化区域:生産緑地地区は三大都市圏・地方圏共に営農継続要件は終身
- 市街化区域特定市以外・地方圏:田園住居地域は営農は20年
- 市街化以外:営農継続要件は終身
一部例外以外に、納税猶予税額が免除される期限は農業を続けている限りずっと、と考えておくといいでしょう。
したがって、高齢になるなどの理由で農業が続けられない場合の対処法も考えておく必要があります。
例えば、特定貸付け・認定都市農地貸付け・農園用地貸付けを行う、生前贈与をするなどの方法があります。
7.相続税の納税猶予の全額または一部が打ち切りになるケース
農地の納税猶予は条件によって全額、もしくは一部が打ち切りになるケースがあります。
全額が打ち切りになるケースは以下のとおりです。
- 適用を受けた農地の20%以上を譲渡、貸付、転用、耕作放棄を行う
- 相続人が農地での農業経営をやめた
- 納税猶予適用継続届出書を提出しなかった
つまり、農地を売ったり転用したり、農業を辞めたりすると納税猶予は受けられなくなります。
一部が打ち切りになるのは以下のようなケースです。
- 適用を受けた農地の20%以下を譲渡、貸付、転用、耕作放棄を行う
- 収用交換等による譲渡等を行った場合
- 等促進事業に基づき譲渡した場合
どのような場合に農地の納税猶予が全額、もしくは一部が打ち切りになる場合について詳しく知りたい場合は、税理士等の専門家に相談しましょう。
8.農地の納税猶予における注意点
ここでは、農地の納税猶予における注意点を4つ紹介します。
「農業をしばらく行う予定でもあるし、納税猶予を受けよう」と気楽に考えているとデメリットが大きくなる可能性があります。
納税猶予を利用する前に、どのような注意点があるか確認しましょう。
8-1.農業を辞めると利子税が加算
農地の納税猶予を受けている状態で農業を辞めると年3.6~年6.6%の利子税がかかります。
利子税は「利子税」×「利子税特例基準割合」÷7.3%という数式で計算できます。
しかし、利子税特例基準割合は毎年変動するため、正式な利子税の額を知りたい場合は税理士等の専門家に相談してください。
8-2.耕作をしていないと適用されない
農地を相続しても、耕作をせずに土地を遊ばせておくと納税猶予が適用されません。
ただし、以下のような場合は耕作をしなくても一時的な休作として猶予が継続されます。
- 天災・病気等の理由で一時的に農業ができない
- 土地の改良事業によって農業ができない
- 国や地方公共団体等の事業に農地が利用されるので、一時的に農業ができない
上記以外の理由で耕作をしていない場合は、利子税と納税猶予税額の両方が請求されます。
8-3.農地の貸付けには一定の要件あり
農地を貸し付ける場合、特定貸付け・認定都市農地貸付け・農園用地貸付け等の一定の条件を満たす必要があります。
また、「納税猶予適用農地等に係る営農困難時貸付け」を利用しても可能です。
条件を満たさないと認められないので注意が必要です。
8-4.耕作された農地は小規模宅地等の特例が使えない
小規模宅地等の特例とは、被相続人が居住や事業の用に供していた宅地の相続税評価額が最大80%が減額される特例です。自宅や貸家、賃貸に出した土地などが該当します。
しかし、農業で耕作している場合は、小規模宅地等の特例の対象外なので注意しましょう。
ただし、農機具置き場などが建っている場合は該当する可能性があります。
詳しくは、農業委員会に相談してみるといいでしょう。
9.納税猶予を活用する判断基準
農地の納税猶予の申請は以下の条件に当てはまる方がおすすめです。
- 最低でも20年以上農業で生計を立てる予定がある、もしくは実践している
- 相続した農地で農業を行って安定した収入がある
- すでに後継者に農地を贈与して贈与税の納税猶予の特例を受けた
- 子どもや兄弟とともに農業をやっている方、もしくは後継者がはっきりと決まっている
- 営農する意思はあるが相続税の負担が重いと感じている方
一方、営農を行ってはいるが跡継ぎがいない場合や、採算が取りにくい場合、営農の意思はあるが経験が少なく、最低でも20年以上の営農を行う自信がない場合は納税猶予を利用しないほうがメリットが大きい場合もあるでしょう。
単に、「相続税が減税されるから」という軽い気持ちで利用せずデメリットも把握したうえで決断してください。
10.農地を相続したときの農業委員会・県知事への届け出について
農地は、「農地法」という法律で売買や譲渡に一定の制限がかけられています。
ここでは、農地を相続したり法定相続人以外の方に相続した場合の届け出の必要性について解説します。
10-1.農地の相続:農地法による許可は不要だが届出は必要
法定相続人が相続する場合、農地を売買や貸し借りをする訳ではないので農業委員会や県知事に許可を取る必要はありません。
したがって、農地法のしばりは受けないので法定相続人であれば、誰が相続しても許可は不要です。
ただし、農地を相続した旨の届け出は相続してから10ヶ月以内に農業委員会や県知事に提出しましょう。
届け出を行わない場合は、10万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
10-2.農地を相続人以外に遺贈:特定の遺贈の場合は許可が必要
法定相続人以外が農地を遺贈する場合は、農地法に基づき農業委員会や県知事に許可が必要なケースもあります。
遺贈には「包括遺贈」と「特定遺贈」の2種類があります。
包括遺贈は、遺贈する割合を指定します。例えば、「農地の3割を●●さんに寄贈」という場合です。
この場合は許可が不要です。
しかし、特定の財産を遺贈する「特定遺贈」の場合は「農地は●●さんに寄贈」となるので許可が必要になります。
許可が得られないと、農地の所有権移転登記ができないので注意しましょう。
まとめ
本記事では、農地の納税猶予の概要や適用になる相続人、被相続人等について解説しました。
農地の納税猶予を利用すれば、実質相続税や贈与税が大幅に減税されます。
しかし、農業を続けることが条件なので、相続した土地を別の用途では使えません。
お困りのことがございましたら、ランドマーク税理士法人にご相談ください。
農業を行わないと本来科せられる相続税のほか、利子税も請求されるのでよく検討したうえで決断してください。